メニュー

Movie

トップページ / 動画 / 家づくりについてもっと知りたい方 / リビングの変遷からこれからの家を考える

リビングの変遷からこれからの家を考える

今回はリビングの変遷からこれからの家づくりでどんなことを考えたらいいのかを解説します。

「リビング」という言葉がありますよね。これは時代とともに変遷があります。これを俯瞰してみて、これからの家づくりでどんなことを考えたらいいのかなというのをみなさんと考えていけたらと思います。今回の話に関しては、大島健二先生の「住まいかた解剖図鑑」という本の中にこのテーマがあります。先生が書かれていることの説明と、それを受けて私が感じたことをシェアできたらと思います。

このテーマは本当に興味深いです。家づくりの歴史を考えた時に、1940年(第二次世界大戦前)までの日本の古い家は、台所に隣接して「食べる」と「寝る」を一緒にする部屋がありました。よく時代劇で下町の長屋が出てきたら「八っつぁん!」「熊さん!」と言って引き戸を開けて入った所には、土間・畳の間がありますが、そこでご飯を食べたり、子どもを寝かせたりするような感じです。これが「食事をすること」と「寝ること」を一緒の部屋でしているので「食寝の不分離」と言います。

それから約10年経って戦後少し落ち着いてからは、台所に対して食べるための専門空間と寝るための専門空間とを分けようという声が、住宅の設計をする人たちの中で高まりました。それが「食べる」と「寝る」を分離するという「食寝の分離」です。これの狙いは、心身の健康のために「食べる」「寝る」を分けた方がいいんじゃないのという風になったことだと言われてます。私はその当時まだ生まれてないので、全然実感がないです。

それから1960年代になると「茶の間」というものが生まれます。茶の間は昭和では使っていた言葉だと思いますけど、「食べる」こととプラスアルファの機能を持たせたような部屋です。そのプラスアルファとは、テレビの出現だと思います。そして「寝る」ことに対しても、プラスアルファの機能を持たせた部屋が生まれます。食べるだけの場所が「お茶の間」という言葉になり、家族みんなでくつろぐ「一家団欒」という言葉が出てきました。

1970年代になると高度経済成長の時代になり、少し豊かになってきました。この頃になると、台所、茶の間とは別に「応接間」という概念が出てきました。応接間は今は死語ですけど、私が子どもの頃は新築するといったら応接間を作るというのが夢・憧れ・流行りでした。応接間は、欧米型・欧米型接客のような場として、ピアノを置いていたり、ゴルフ・ボーリングのトロフィーが飾ってあったりしました。舶来の洋酒を並べたりして「どうだ、すごいだろう俺」みたいに応接間を使用していたのが、1970年代です。

つまり、「一家団欒」という概念の次に出てきたのが、ご主人・奥さんのステータス中心主義です。これは1970年前後から根強くありました。田舎に行ったら特に多い「俺が死んだらどこで葬式すんねん」みたいな二間続きの和室も、人を招くためのスペースですから、応接間とあまり意味が変わらないです。

これが1980年代になると大きく変わり、「食べる台所(ダイニング)」という概念が出てきます。キッチンカウンターですぐ食べるみたいな感じです。それと同時に「応接間って必要?」となりました。でも「あのスペースでみんなでくつろいだりするのはなかなかいいよね」ということで「居間・リビング」という概念が出てきます。「リビング」という言葉が日本人に浸透したのは1980年代かと思います。私は高校生〜大学生で、いわゆる子ども時代の最後の頃に出てきました。

この辺りから「家のご主人様」という考え方ではなく、「やっぱり家族でしょ」ということで、考え方は家族中心に移行していき、ここで初めて「リビング」という概念が日本で明確になりました。

そして1990年代以降はLDKとなり、個室主義になりました。1980年代に育った親たちは子どもに十分な個室を与えてあげたいということで「子ども部屋を充実させる」「子ども部屋は広くしっかりしたものにする」などと、リベンジみたいなことを考えました。イメージで言うと、家族中心主義の進行版で、子育て中心主義みたいな感じです。

大島健二先生は「今は、誰もいないのがリビング」だとおっしゃっています。今はスマホが普及し、みんなリビングにいるけど全員がスマホを見てるみたいなことがよくありますよね。私が不思議に思うのは、例えばファミレスで若い男女のカップルがお互いにスマホを見ている光景です。「2人で会っているんだから喋ればええやん」と思います。それと同じことが家の中でも展開されていて、普通の景色になってますよね。

だから大島先生は「家は個室化に向かう」「もうリビングに家族は集わない」「リビングはホテルのロビー」などとおっしゃっています。そして「茶の間」「応接間」のように「リビング」という言葉も消えていくのではないかと予言めいたこともおっしゃっています。

この話はなかなか味わい深いなと思います。「リビング」はすごくかたい言葉というか大仰な言葉のような気がします。食うや食わずでなんとか生命を維持しいてた、最低の衛生要因を満たしている生活の中に、「茶の間」ができたことで食べること以外のエンターテイメントが入ってきて、そのエンターテイメントをみんなで楽しむ「一家団欒」が、当時の自己実現だったのかなと思います。

1970年代に流行った力道山・ドリフターズ・クレイジーキャッツのゲバゲバ90分などはエンターテイメントで、それをみんなで観てゲラゲラ笑ったりするようなものが、当時の自己実現の中心課題だったんだと思います。

それがさらに深まり、「自分たちは習えなかったピアノを娘に習わせたい」「トロフィーを飾る」「娯楽や道楽も楽しむ」といった自己顕示欲が高まり、それが次の自己実現の表現だったんだと思います。

その次に、そういうことを超えて家族団欒というものを次の次元で高めていくことになります。子どもたちの教育をしっかり行い、良き子どもたちを育てていくことも、自己実現なんだという風になりました。今はそれを超えて、さらに次の自己実現は何になっていくのかな?というところです。

これからみなさんは、家を通してどのような自己実現を表現していきたいですか?これがこれからの家を考えるということだと、大島先生の具体的なご説明を読みながらすごく感じました。そういう中でも私は、家族団欒、家族が集まって会話したり、顔色を見て一声かけたりする瞬間は、永遠に必要だと思っています。

原点は「食べること」だと思うんです。リビングは食べるところではなく「くつろぐ場所」という風になりました。しかしリビングがバラバラにくつろぐ場所になったり、各個室でもくつろげるとなると、家族が集まるのは食べる場所です。なのでテーブルが中心の家になっていくんじゃないかなと思います。そこでお茶を飲んだり、おいしいものをつまんだり、昔の写真を見ながらみんなでゲラゲラ笑ったりするような感じかなと思います。

さらに、図を描いてるんですけど、最近はリモートワークで働く方も多いです。フルリモートワークの方も結構いらっしゃるみたいで驚きです。それと勉強です。今までは個室や寝るところにプラスアルファで勉強の場があったと思いますが、これは限りなく食べる空間に寄ってくると思います。例えば家族のテーブルのそばに勉強コーナーがあって、子どもたちがそこで勉強していたり、お父さんお母さんがそこで調べ物をしたりすることもあると思います。

そして「寝る」ということです。私は子育てを一旦終了して、娘たちが巣立っていった中で感じることがあります。それは自分の寝るところをホテルのような個室にするということです。自分専用の部屋とするのではなく、たまに使ったり、あるいは気分転換に部屋を変えて、就寝を分けることもあるかもしれません。

最後に改めて、台所は何を象徴するかというと、私は家事だと思います。食べるものを作ること、みんなを慈しむことです。例えば「清潔な服を着せる」「きれいなシーツで寝る」「掃除をして清潔な状態に保つ」といった家事を、どれだけ合理的にやっていくかが大事です。1980年〜2000年ぐらいまで永遠と続いた、十分に広いリビングの面積の構成は変わっていき、その中に新たな自己実現があると思っています。

個人的には、娘が巣立っていったので、たまに娘に帰ってきてもらって「娘と美味しいお酒を飲む」「娘に甘いものを食べさせる」とか、これからパートナーを得てもし孫を授かってくれたら「孫に美味しいものを食べさせる」のが理想です。じいちゃんと遊ぶ理由なんてそれぐらいしかないと思います。子どもたちがゲームやスマホで遊んでいるところに私が一緒に遊ぶことは、少なくなるかもしれないです。そして「じいちゃんの家に来いよ」「一緒にワーワー言おうよ」と誘いたいと思っています。その時に「でもじいちゃんの家に泊まるのはな…」と言わせないための、ホテルライクな個室なんです。これが私の自己実現です。これは私の勝手な自己実現ですが、この話を聞いて共感していただいた方はそれに近い自己実現になっていくと思います。

しかし「俺はギターを弾き鳴らすところがほしい」という人も、「方丈記に出てくるような琵琶を弾いて歌を詠んで暮らしたい」という人もいると思います。それは究極の最終形の自己実現で出てくるわけですけど、目指す自己実現がそういうものならば、趣味性の高い空間が一体何なのかというのも含めて、これからの家を考えていただくのも面白いと思います。

これからの家というのは、価格も住宅ローンの金利も上がっていくので、求めにくいものになると思います。「家って本当に持つべきなのか?」と思う中でも、20代の人たちの持ち家率は逆に上がっています。家を持つということは経済的効率を超えた、自分の大きな自己実現と密接につながっていると思います。

ぜひこんな視点も持っていただいて、あまり現実に打ちのめされて小さくならず、小さくなってもその中にあるものはとても豊かなんだという風に考えていただきたいです。ぜひ参考にしてみてください。

家づくりのことなら、なんでもお気軽にご相談ください
お電話でのお問い合わせ
受付時間 9:00〜18:00 【水曜定休】