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カリスマが設計した伝説の家「住吉の長屋」で考えた本質

今日は伝説の巨匠が設計した家「住吉の長屋」について解説します。

住吉の長屋は知る人ぞ知る家なので、ご存知の方も多いと思います。今の日本の建築家の中で一番認知度が高いのは、安藤忠雄先生ですよね。安藤先生の実質のデビュー作だと言われています。1976年ぐらいに建てられて40年以上経ちますが、未だに語り草になるような名建築で、様々な伝説がある建物なのです。

どんな建物かというと、2階建ての四角くて細長い建物です。間口が3m30cmで奥行きが14m10cm。日本の尺で言うと2間×8間になります。よくある奥行きが長い長屋です。大阪府にある住吉という町の、古い家屋が連なった一角に建てられました。長屋と言うと、木造の古い建物を連想される方が多いと思います。これはコンクリートの打ちっ放しです。安藤先生の得意なアレですね。長屋と言うから長く連なっているのかと思ったら1軒しかないから、戸惑う人もいます。

まず玄関を入るといきなりリビングです。好き嫌いが分かれると思いますが、意外と昔の町家は土間 兼 玄関みたいな感じでした。そこが人の社交場みたいになっているので、意外と違和感はないです。奥はトイレ・洗面・お風呂・ボイラー室、という構成になっています。

ポイントは、建物1階の真ん中に位置する中庭です。通り庭と言うのでしょうか。4方をコンクリートの打ちっ放しに囲まれた空間です。南側にも家がビッシリと建っていて光を採りようがないので、上から採っています。驚くなかれ、庭の上には屋根が無いのです。この建物の通風と採光は庭で採るという、割り切った設計になっています。中庭と居住スペースを隔てるドアとFIX窓は全面ガラスなので、リビングにも奥のダイニング・キッチンにも光が入ってくるのです。1階のリビングとダイニング・キッチンの行き来には、中庭を通ることになります。しかし屋根の無い屋外なので、真冬なんかはストレスを感じながら行き来しなければなりません。

そしてびっくりするのが2階です。2階にはベッドルームが2つ両端にあって、14m10cmを3分割した造りになっています。真ん中にそれらを通す渡り廊下があって、その脇から1階の中庭に降りるという造りになっています。雨の日にもう片方のベッドルームに行こうと思ったら、傘を差して行かなければなりません。屋根が無いからです。すごいですよね。傘どころか、靴を履いて行く感じになります。だからこの家って、1階は全部土足なんです。

この家は建築当時、賛否両論に分かれました。よく言われたのが「人が住むにはあまりに過酷だろう」と。ここのお施主さんは東佐二郎さん・純子さんというご夫婦ですが、30〜40年住んでいらっしゃると思います。建築家の中村好文先生によるインタビューが「住宅巡礼」という有名な本にまとめられていますが、この家はコンクリート打ちっ放しの塊なので夏は驚くほど暑いらしいです。あまりに暑いから、なんと通路で寝たことがあるぐらいだと。逆に、冬はしんしんと冷えます。据え置き型のエアコンで暖房・冷房はできますが、なかなか大変だそうです。

私が今回これを解説したくなったのは、それだけ賛否があるのにこれほど人の心を捉える建物もないということなんです。自分が住吉の長屋を認知したのは、大学時代の後半で かつ 社会人になった頃だったと思います。忘れもしないです。大手ハウスメーカーで働いていました。これと似ても似つかない家を建てるところの、設計をやっている責任者の人や当時の役員さんが、安藤忠雄さんの住吉の長屋のドキュメンタリー番組を観て、「これはすごい、家づくりはこうあらねば」と。私は当時は訳がわからなかったので、「この人たちは何を言ってるのか」という感じでした。

何がすごいかと言うと、安藤先生がガチだということです。当時の安藤先生ってボクサー上がりでした。それからヨーロッパ・アメリカを放浪して帰ってきて、建築を独学で学んだような人だから、ちょっと普通じゃないんですよね。目つきもギラギラしているし。まだそんなに実績もないのに、東さんというお施主さんはなぜか安藤さんに惚れて、「設計してくれ」となった。

とても小さな家だけど難工事です。両側に家が建っていると、その隙間みたいな所に建てなければなりません。昔の木造の連なって建っている所の真ん中を解体して建てるんだから、両側の許可が無かったらできませんよね。狭い所で打ちっ放しのコンクリートは、私だったらやりたくないと思うぐらい難工事です。それを工務店さんの社長さんが受けて、やることになった。それぐらい、安藤先生はパワフルで情熱に溢れていたのでしょう。

お施主さんの東さんも、なかなかの強者だと思うんです。突き詰めて物事を考えられるような人だと思います。それでも、「安藤先生が考える究極の住まいとはこれだ」とこの設計図を見せられたら、「ハァ?」となったのではないでしょうか。そこからお施主さんを説得・交渉して、お施主さんが負けたという感じになったのだと思います。こんな無茶な設計・施工をしなければならないということは、工務店さんも蟻地獄に引きずり込むような感じです。

何が言いたいかと言うと、安藤先生も工務店さんもそうだし、もちろんお施主さん自身が、この建物に対してとても愛着を持っているのです。中村先生が最近また取材に行かれましたが、寒いし暑いのに30年も住んでいらっしゃいます。嬉しそうに嬉々として暮らしている姿が、この家に愛着まみれという感じなんです。

安藤先生はその後、自分の著作の中で住吉の長屋を振り返られています。「問題はこの場所で生活を営むのに本当に必要な物は何なのか?」という問いを立てられたそうです。「一体住むとはどういうことなのか?」と。それは思想の問題だというところに行き着かれました。そして「『自然の一部としてある生活こそが住まいの本質だ』と答えを出した」「限られたスペースだからこその厳しさ・優しさを含めた自然の変化を最大限に獲得することを第一に考える、無難な便利さを犠牲にした家なのだ」とおっしゃっているのです。短所もあるこの住まいが、「住み手が醸す素晴らしい建築になっている」と中村先生もおっしゃっています。

言ってしまうと、極限まで予算を絞ったローコストのRC住宅なんです。ローコストで建物を建てる時は、家具は絶対ケチったらいけないとも安藤先生はおっしゃっています。ご存知Yチェアや、デンマークのフロアスタンドが置いてあったりするし、ダイニング・キッチンのテーブルは安藤先生作のラーメン構造テーブルです。後ろに安藤忠雄先生のサインが書いてあるから、ひょっとしたらお手製なんでしょうか。建物の機能は絞り切っているけれど、家具には妥協していないのです。そこには、自分が納得できる物だけを置いて暮らすという安藤先生の提案があります。普通は30年も暮らしたら物が増えてグチャグチャになるじゃないですか。でも、そんなことない。もちろん生活色溢れる物は並んでいますが、東さん自身もすごく研ぎ澄まされた暮らしをされています。

今までに他の動画でも、究極の廊下がない家だの究極の平屋とかいろいろ言ってきましたが、これも1つの究極の家です。究極の最小限な家と言ってもいいかもしれません。安藤先生は「住まうとは時に厳しいものだ。私に設計を頼んだ以上、あなたも戦って住みこなす覚悟をしてほしい」と、お施主さんに言い放ったそうです。以後、個人住宅を受ける時は絶えずこのことをおっしゃっています。

今回このことを語りたくなった動機があります。最近、家づくりを考えている20代の若い方のお話を聞いている時、ハッとすることが続いたのです。例えば私の若い頃はバブル前後で、物を持ってこそ豊かという日本の血迷った時代でした。物欲まみれの時代です。でも今の若い人は「車はいらないです」「車でも軽自動車の中古でいい」「そんなに家具はいらない」と言います。

物欲まみれの昭和おじさんからしたら、とても淡白にも見えますが、一方で自分たちの愛着のある物は上質な物を選んで大事に使うという、独特のバランス感覚を持っていらっしゃいます。ひょっとしたらこういう人たちは、住吉の長屋みたいな家を難なく住みこなすのではないだろうか。暑いのも寒いのも楽しめるのではないか、と思いました。世の中は値上がりの時代になって、新築はもはや持てないとも言われています。そんな中で、足るを知るとか身の丈に合わせるとか、そうすることが暮らしへの覚悟や愛着を育てていくというか、住みこなしていくことだと思うのです。

私がもしこの建物を作るとしても、暑い・寒い問題はなんとかしたいので断熱も空調もきっちりやりたいです。でも、これぐらい絞り込んで生きると考えた時に、家って意外とコストを抑えられるかもしれませんよね。リノベーションでもこのようにやれると考えた時、今の若い人たちの価値観で見ると世界がとても広がるような気がしたのです。

物が捨てられないことも、ある種「許しあって生きよう」と思う気持ちもあります。しかし、これぐらいスッパリ手放す家づくりもあることを、1つの価値観として持ってもらえたらと思います。新築でもリノベーションでも、シニアでも若い人でも、これをネタにして自分たちの家づくりについて話し合ってもらえるといいなと思い、解説をしました。

こんな感じで、究極の伝説の家があるのも知ってください。個人宅なので中は見えませんが、遠くから眺めることはできるので、機会があったら見に行って味わってもらえると嬉しいです。

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